のっけから、 人類永遠のテーマを掲げてしまいました。
2017年の流行語大賞にもノミネートされた「働き方改革」では、長時間労働の是正や同一労働同一賃金、賃金引上げ、ワークライフバランス、女性・若者の活躍・・・など、戦後の雇用慣行が大幅に見直されることとなりました。
ただ、個別に見てみると、たとえば残業時間の上限規制では、「改革」という名の下で「過労死ラインまで働ける」という逆のお墨付きになった感があるなど、問題含みの側面もあります。軸足が労使両方に乗っかっていると、結局、股裂きにしかならないのかもしれません。
人間の活動とは? 労働とは?
ドイツ出身のユダヤ人哲学者ハンナ・アレントは、1958年に発表した「人間の条件」という著書の中で、人間の活動的生活を3つに分類しました。
- 労働:生命や生活の維持のため、動物として必要不可欠な作業
- 仕事:道具や作品の生産など、より人間的な永続的行為
- 活動:人間社会を形成する政治的活動や芸術的表現行為
より単純化すると、「食うこと」「生み出すこと」「表現すること」と言えます。
一方、Yale 大学の Amy Wrzesniewski 教授は、仕事の捉え方によって、人間を3つの種類に分類しています。
- Job:お金を最大の動機とする人(労働)
- Career:経歴や地位等を最大の動機とする人(成長)
- Calling:社会的役割を最大の動機とする人(意義)
この両者の考え方は少し違いますが、いずれも、アメリカの心理学者アブラハム・マズローが唱えた有名な「欲求段階説」に通じるものがあります。
- 生理的欲求
- 安全欲求
- 所属と愛情欲求
- 自尊欲求
- 自己実現欲求
人間を、より低次の欲求(1)から高次の欲求(5)に向かって、各段階の欲求を満たしていこうとする生き物と捉えています。確かに、食べることの心配がなくなって初めて、住居の心配、生活の充足、地位・名誉・・・と進んでいくように思います。ただし、すべての人間がそういうわけでもなく、低次の欲求をあきらめた段階で、高次へと向かっていくことも考えられます。
いずれにしろ、スタートは、食べていくための「労働」ということになります。
ところで、2015年の内閣府の世論調査において、生き方や考え方を問う中で、「働く目的」についても調査がなされています。その結果は、以下の通りです。
全体で 50% を超える人が、働く目的を「お金のため」と答えています。年齢別では、60歳に達するまで、60% を超える人が「お金のため」に働くことが分かります。
多くの人にとって働くことは、成長や社会的役割、生きがいを目的としたものではなく、「お金のため=労働」であることが分かります。
また、別の民間調査では、「残業する理由」を聞いた結果、「残業代が欲しい」がトップになっていたことを覚えています。
働く目的の一番が「お金」であり、残業の理由の一番も「お金」であるということは、多くの人が「お金を得る」ために貴重な時間を費やしていることになります。そのような状況においては、残業(特にサービス残業)にどれだけの時間を費やすか、ということが生活の満足に大きく影響してきます。
人間の活動として理想的なのは、アレントの「労働」「仕事」「活動」のバランスが保たれていることではないでしょうか。そのためには、会社で働くこと以外に、習い事やブログ、DIY などの時間を確保する必要があります。その点でも、その阻害要因となる「残業」の在り方が重要となってきます。
残業の原因:帰れないのか?帰らないのか?
会社で働き始めたころを思い出します。
社会人になりたての頃は、希望と同時に不安もいっぱいでした。
それでも、数カ月も経てば、さまざまな業務に慣れ、いろんな現実も見え、それに応じて不安も少なくなり、なんだかんだで馴染んでいきましたね。忙しい日々もありましたが、比較的落ち着いた生活を送れていたと思います。
ただ、何年か経って、あるプロジェクトに参加するようになると、仕事の環境が大きく変化しました。
数カ月間、土日も含めて1日も休みなく働き、月残業時間が 150 時間を超える日々を過ごしました。あの頃は、精神的にかなり追い込まれていましたね。
あれだけ忙しかったのは、そもそも仕事量が多くてさばき切れないことと、慢性的な残業の習慣が部署全体に蔓延していて、多くの人がワーカーズハイ(仕事に没頭し過ぎて苦痛が快感になっている状態)になっていたことが原因だったのだろうと、今から振り返って思います(ブラック職場だったわけではありません)。
いわゆるブラック企業のように、組織的に残業が強要されるような場合はさておき、一般的な会社で、どうしても残業がなくならないのには、組織的にも個人的にもいくつかの原因が考えられます。
リクルートワークス研究所の時短研究プロジェクト「なぜか早く帰れない人のための時短生活開始マニュアル」の中に、残業の主な原因が上手くまとめられています。これによると、残業の原因は、以下の5類型に分けられます。
- 無計画型
- こだわり型
- ノウハウ不足型
- かかえこみ型
- おつきあい型
それぞれ簡単に見ていきます。
1. 無計画型
中長期の計画や仕事の優先順位を確認することなく、目の前の仕事や取り掛かりやすい仕事、好きな仕事から順番に進めている人がこれに当てはまります。
入社したばかりの頃や部署の移動などで仕事の流れをつかめていない時に陥りやすい状態でしょうね。
2. こだわり型
たとえば資料を作る際に、その内容ではなく見た目(色使いや表現など)に必要以上にこだわり過ぎてしまう人や、それに時間を掛けることが正しいと思い込んでいる人がこれに当てはまります。
その人の性格も影響するのでしょうが、もし自己満足でやっているのであれば、時間ばかり掛かって周りの迷惑になるかもしれませんし、「次はもっと」という期待を背負ってしまって結局は自分の首を絞めてしまう可能性もあります。
また、業界全体として、見た目や美しさばかりを重視して追及する風潮がある場合も考えられますね。
3. ノウハウ不足型
同じ仕事でもほかの人より時間が掛かったり、客先や上司から指摘を受けて手戻り作業がよく発生するような人がこれに当てはまります。
これは、個人的な能力も影響するのでしょうが、デキる先輩や上司をじっくり観察してその行動を真似してみたり、客先や上司と密に意思疎通を図ったり、客先や上司に中間報告を行って、その時点の齟齬を解消したり、といったことで自分なりの「型」を身に付けることにより、ある程度は解決できそうです。
4. かかえこみ型
「この仕事は自分しかできない」と思い込んでいたり、他人を信用していなかったりで、常に溺れそうなほどの仕事を抱え込んでいる人がこれに当てはまります。
出世競争に負けないよう、できるだけ多くの範囲を囲い込んだり、それで他人に差を付けようとする場合もありますね。でも、これでは仕事が属人的になってしまい、会社としては不利益にしかなりません。
5. おつきあい型
周りが残業しているのに自分だけ先に帰るのは気が引ける人や、自分だけ別行動することで職場の一体感に水を差してしまうと考える人がこれに当てはまります。
同調圧力が強くなりがちな日本では、これが一番多い原因かもしれませんね。
ボクも経験しましたが、特に上司が帰っていないのに自分だけ帰るというのは、かなり勇気がいることです。上司が率先して帰ってくれないと困ります。
以上の5類型は、個人や会社の中で発生する「内部要因」が中心ですが、残業の原因には、たとえば以下のような「外部要因」もあります。
仕事に人格なんて要らない
こんな場面を見掛けることがあります。
- 電車の車掌さん:車両間を移動する際、頭を下げて一礼
- デパートの店員さん:売り場から通用口を通る際、頭を下げて一礼
- コールセンターのオペレータさん:「ありがとうございます」連発
- ホテルの従業員さん:「失礼しました」連発
一礼を望む人なんてほぼいないでしょうし、「ありがとう」と言われるほどのことをこちらは何もしていませんし、「失礼」なことなど何もありませんが、こういうことも、世間では「おもてなし」と言うのでしょうか?
起業家やフリーランスであれば、その法人や個人の「人格形成」がかなり重要な要素になってきます。
たとえば、フリーランスとしては、俳優や作家から、エンジニアや通訳まで、実にさまざまな職業がありますが、非常に属人的な生き方であり、それぞれの実力が人格と相まって、仕事に結び付いている面が大いにあります。
これに対して、一般的な(ある規模の)企業の場合、経営層は当然、その法人の「人格形成」に大きな責任を負いますが、客との接点となる担当レベルはどうでしょうか。
誰も見ていない(少なくとも、さほど期待していない)のに一礼したり、「ありがとうございます」や「失礼しました」が連発されたりするのを見るにつけ、一個人が、属する法人の「人格形成」の役割まで負わされていないか、心配になります。また、接する相手が人間であるため、その人間対人間の関係の中に、個人としての人格まで見え隠れしてしまいます。
美しい「お・も・て・な・し」
起業家やフリーランス、あるいは経営層でもない限りは、仕事から法人や個人の「人格」を明確に切り離して、適度な顧客対応に徹すれば良いことでしょう。
低姿勢な人格に頼り過ぎると、客が尊大な態度を示したり、店員さんが「サンドバッグ」になってしまったり、顧客ファースト実現のため長時間労働になってしまったり、といった弊害が考えられます。
また、人格を背負って仕事に意義を求め過ぎる(自分自身を投影し過ぎる)結果、「仕事が一番大事」という偏った考え方になってしまい、たとえば「仕事をする人間が偉く、家事・育児はその下」という認識になってしまう可能性もあります。
自発的な「お・も・て・な・し」は美しいですが、押し付けの「お・も・て・な・し」にはどれほども価値がありませんし、こういうものが積もり積もって、社会全体として長時間労働や残業の原因となっている可能性もあります。
残業を「良い」と思えるのは残業している時だけ
上の5類型に話を戻します。
類型1~4は、どちらかと言えば個人の能力や性格が大きく影響しそうですが、上司や周りが適切に教育・配慮することで、個人の足りていない部分を十分に補えるでしょう。
類型5についても、個人の勇気が必要ではありますが、やはり組織の雰囲気が大きく影響しそうです。
いずれにしろ、会社は社員を預かっているわけですから、組織全体として残業の原因を特定し、残業が慢性的にならないよう注意すべきです。一方で、個人としても、たまに自分や職場を客観的に見つめて、長時間労働の気配や雰囲気を感じ取ることも大切です。
特に、新しく社会人として働き始める人には、上の5類型のような残業の「芽」が存在しないか、常に自分の職場を広く観察して、存在する場合には早め早めにその芽を摘むようにしてもらいたいです。
経験から、ワーカーズハイに陥っている時には、残業を「良いもの」としか思えません。でも、残業を「良い」と思えるのは、残業している時だけです。正常な精神状態で考えると、過酷な残業には何のメリットもありません。ある研究によると、週 50 時間以上の長時間労働は、メンタルヘルスが明らかに悪化するとのことです。
長時間働く上司に質問:「夏休みの宿題は後回しでしたか?」
最後に。
独立行政法人経済産業研究所の出版物「長時間労働の経済分析」(大竹文雄、奥平寛子著)に面白い分析結果が書いてありました。
簡単に言うと、『子供の頃、夏休みの宿題を夏休みの最後にやっていた人(後回し行動の人)は、大人になってから長時間労働をしやすい』とのこと。
また、『後回し行動型の男性管理職は、そうでない男性管理職人よりも最大約30%高い確率で長時間労働をしている』とのこと。
後回し行動というのは、上の5類型で言えば「無計画型」や「ノウハウ不足型」に該当するのでしょうが、このようなタイプの上司がいる職場では、「おつきあい型」も必然的に増えてしまいそうです。
気になる方は、上司が夏休みの宿題をどうしていたか、それとなく聞いてみてください。