敏感の彼方に

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「ピストル一発で消える」覚悟が眩しすぎる翁長知事の理想とパッション

 

沖縄出身のお笑いタレント「パッション屋良」さん、現在は活動拠点を郷里に移し、全国ネットのテレビで以前のように見掛けることはなくなったけど、たまに YouTube などで往時の勇姿を眺めてしまうぐらい、好きだ。

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一時、同じく屋良さんの情熱的ファンである情熱的な知人と(飲み屋で)会うたび、「ド~ラえ~も、んー!!」と情熱的に胸を激しく叩きながら情熱的に挨拶を交わすのが定番となっていた。

 

当時、決して大ウケするわけではないけれど、情熱の裏に少し憂いのような曇りのようなものを忍ばせつつ、はにかみながら芸を披露する姿に、大らかさのような、優しさのようなしなやかさを感じていた。裏表がたっぷりの芸風の一方で、実際にはウラオモテのない素敵な方なんじゃないかと想像している。

 

祖父が鹿児島出身で、九州・沖縄出身の方がたくさん住まう大阪の街に一時住んでいたこともあり、九州や沖縄の方に出会うと、何となく嬉しくなって、勝手に親近感を覚えてしまう。そんな背景から、屋良さんも自然と心に入ってきて、今も心のどこかに残り続けてるんだろう。

 

その沖縄の翁長知事が、2018年8月8日、お亡くなりになった。

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ボクは、沖縄出身でも沖縄在住でもないけど、「辺野古」を掲げて知事選に勝利された 2014年11月以降、新聞やネットニュースなどで、その動向をつぶさに拝見してきた。

 

元をたどれば、2009年の政権交代選挙で民主党の鳩山元首相が「県外移設」を訴えたのに続き、2010年1月の名護市長選挙で「県外移設」を主張する稲嶺進氏が当選した後、辺野古移設を容認していた仲井真知事も同11月の知事選挙で「県外移設」主張に転じて再選を果たしたあたりから、沖縄の世論は「県外移設」への期待が高まっていったと記憶している。もう、10年近く前の話だ。

 

知事がよく仰っていたように、この問題は、「イデオロギーよりアイデンティティ」に軸足を置くべきで、左右の考え方ではなく、沖縄が沖縄のアイデンティティ(地方自治)を取り戻せるかどうかが大きな焦点であり、その先に日本の「真の民主主義」が待っている、という壮大な物語の端緒に過ぎないと思う。そういう強い理想があったからこそ、「オール沖縄」が実現したんだろう。

 

一方、現実には、情熱的な政権交代の後の首相ですら、そのやり方に賛否は多数あれど、結局「県外移設」を実現できないばかりか、完全な迷走状態に陥っていたし、オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞しようとも、トランプ大統領がどれだけ吠えようとも、米国の研究機関やシンクタンクから上がってくるレポートで、沖縄がアジア戦略の拠点から外れることなどないのだろう。

 

そして、「熱しやすく冷めやすい」日本人気質の影響もあってか、本土で「辺野古」が取り上げられることが少なくなると、沖縄県民の間にも諦念のような「現実感」が徐々に浸透していき、理想と現実の間で身動きしづらくなった人たちが「オール沖縄」から離脱したり「オール沖縄」を下から突き上げたり、という動きが出てくることも、当然と言えば当然の流れだ。

 

結局、沖縄・日本・米国の「三竦み(さんすくみ)」のような状態となり、痛ましい数々の事件に対して、1人ひとりの県民・国民・政治家は「何とかしたい」と思っているのに、歴史や既成事実(ときに誤解)で塗り固められた「三竦み」を誰も解きほぐすことができない。最終解でも定理でもなく、ただただ人間が造り上げた「三竦み」状態に過ぎないのに、それを人間自身が解きほぐせないというジレンマだけが残っている。

 

2003年当時の米国防長官や日本の現官房長官が「世界一危険な基地」と認めつつ、辺野古移設が遅れることで「普天間基地が固定化されてもいいのか」と脅すのにも、そんなジレンマがありありと見て取れる。

 

そうやって平凡な頭で普通に考えると、このような巨大なジレンマに挑むことでどれほど命が削られるのだろうか、という心配が先に来てしまうのだが、だからこそ、翁長知事が掲げる理想や注ぐ情熱が光輝いて見える。

沖縄に生まれ、なおかつ政治家を志した人間は、やり抜き通さなければならないことがありますから。沖縄のご先祖は、私らよりもっと苦労している。その苦労を引き継いで今の沖縄の文化があり、私らの人格がある。だから、子や孫のために、沖縄の負荷が小さくなるよう政治は全力を挙げなければなりません。

 

平凡な人生を送りながらも、その平凡な人生を自分なりに輝かせるには、結局「理想」と「情熱」に依拠するしかない、ということには何となく気付いているし、利己的なだけの「理想」や「情熱」などには何物も輝かせ得ない、ということにも何となく気付いているから、やたら眩しい「理想」や「情熱」を目の当たりにすると、そこに「答え」が見えるような気がして、自分でも不思議なほどに引き寄せられていく。

 

そして、「理想」や「情熱」に依拠すればするほど、個々の命のはかなさも増していくのだろう、と思わせる翁長知事のインタビュー記事がある。

― 妻の樹子さんは「万策尽きたら夫婦で一緒に(辺野古基地前に)座り込むことを約束している」と話しています。知事も同じ考えですか。

 

「辺野古移設阻止」は自分の信念だけれども、それが通るか通らないかは、正直言ってわかりません。私は、ピストル一発で消える人間ですから。その意味では、勝敗は言えない。それは近くで見ている妻もよく知っています。座り込みについて妻が言ったことは、話が違うわけではありません。辺野古移設阻止が挫折して、一人間、一市民、一県民に戻った場合に何をするかは、沖縄県民のみんなと一緒です。

 

「ピストル一発で消える」― この記事を読んで、昨日は何をやっても、あまり手に付かなかった。目の前の些細なことが、何とも馬鹿らしくさえ思えた。青春時代にわずかばかり抱いていた類の思いが詰まったピストルを、胸に当てられたような感覚に陥った。

 

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過去、仕事やプライベートで沖縄の地を何度か訪れているが、その風光明媚な自然の景色や地元の方の温かい対応、美味しい酒や料理には、いつも心が癒される。特に、斎場御嶽(せーふぁうたき)で祈りをささげ、岩の間から神の島「久高島」を見ていると、何とも言えない気持ちになる。

 

そして、沖縄に限らず、どこかの地を訪ねる際には、その歴史や文化をなるべく学んでから現地入りするようにしているから、特に沖縄がたどってきた歴史を鑑みると、ただ癒されるだけでなく、飛行機から降りて最初に踏み出す第一歩が心なし震える気がする。いつもいつも、癒しを与えてくれるすべてのことに深く感謝して、頭が下がる思いでいっぱいになる。たくさんの歴史が塗り重ねられた島をのうのうと歩いている自分が情けなくも思えてくる。

 

今まで、世界各地のいろんな大地を踏みしめてきたけど、この感覚はいつも共通している。それぐらい、よその土地に踏み入るのは神聖なことだと思っている。

 

翁長知事が亡くなって、今後、沖縄を訪問する際には、どんな感情が湧き起こってくるか想像もできないが、やっぱり無知が一番怖いし罪なことだから、これらかも歴史や文化を繰り返し学んでいきたいと思う。

 

家族で沖縄に訪れる際は、リゾートだけでなく、必ず戦跡や資料館なども訪ねたい。以前、ひめゆり平和祈念資料館を訪れた際には、通常1時間ほどの見学コースにムスメがドはまりして、すべて見終わるのに2~3時間ほど要したことがある。若人の知識欲に驚かされた出来事だった。

 

影響力も発信力も何もない平凡な人生だから、理想や情熱の有り様を教えてくれた翁長知事が逝ったからといって、特別何かができるわけでもないが、少なくとも左右のイデオロギーなどは脇において、平衡感覚を保ちながら学べることを学び、伝えられることを伝え、アイデンティティを尊重することだけは忘れないようにしたい。

 

自分も、「三竦み」状態の中の1人であることに違いはないからね。

 

最後に、大好きな安室奈美恵さんのオフィシャルサイトから引用。

お悔やみ申し上げます

 

翁長知事の突然の訃報に大変驚いております。

ご病気の事はニュースで拝見しており、県民栄誉賞の授賞式でお会いした際には、お痩せになられた印象がありました。

今思えばあの時も、体調が優れなかったにも関わらず、私を気遣ってくださり、優しい言葉をかけてくださいました。

沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ、これからも多くの人に愛される沖縄であることを願っております。

心から、ご冥福をお祈り致します。

安室奈美恵

 

どれほど優しくて温かい方だったんだろう。ボクも、一度でいいからお会いしてみたかった。

 

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