敏感の彼方に

HSPエンジニアがお送りする、前のめりブローグ

ノーベル賞に想う ―「粘着情報」を断捨離して自由に生きる意味を考える

 

 

今年のノーベル医学・生理学賞に、免疫の攻撃力を抑えるたんぱく質(PD-1)を発見した本庶佑(ほんじょたすく)京大名誉教授が選出されました。パチパチパチ 👏

 

9割の嘘と1割の真実

その受賞記者会見の中で、「研究にあたって心がけていることやモットーは?」「研究者の道を夢見る子どもたちに伝えたいことは?」という質問に対して、以下のようにお答えになっています。

僕はいつも「ネイチャー、サイエンスに出ているものの9割は嘘で、10年経ったら残って1割だ」と言っていますし、大体そうだと思っています。

研究者になるにあたって大事なのは「知りたい」と思うこと、「不思議だな」と思う心を大切にすること、教科書に書いてあることを信じないこと、常に疑いを持って「本当はどうなっているのだろう」と。自分の目で、ものを見る。そして納得する。そこまで諦めない。そういう小中学生に、研究の道を志してほしいと思います。

 

ボクは研究者ではありませんが、同じ理系のエンジニアとして大いに共感できます。

 

また、理系の人間だからか、世の中のことをすべて数式で表せたらな、とも思っています。人間の行動も未来のことも数式で表せたなら、答えは自ずと1つになるので、あらゆる悩みから解放されます(一方、数式ですべてを表せるなら、人間は容易に人工知能(AI)の奴隷となってしまいますが・・・)。

 

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10 割のウソ

でも、実験などで集めたデータを詳細に分析して答えを導き出す理系の分野ですら、「10年経ったら残って1割」というレベルですから、日常的な人間関係の中で行き来する情報なんて、「ほぼ100%ウソ」と考えておくぐらいが丁度よいのかもしれません。

 

生身の人間を信じない、ということではなく、人間から発せられる「情報」は玉石混交であったり、色んな尾ひれがくっついていたりする可能性が高い、という意味です。

 

噂話と妄想の恐怖

卑近な例でアレなんですが、ツマに聞いたところ、子どもが通う小学校のクラスや仲良しグループで、保護者の LINE グループが作成されており、担任のことや子どものことなど、ありとあらゆる噂話が行き来しているそうです。

 

ボクもツマも、こんなことには1ミリも興味がないのですが、自分の眼で確認もせずに噂話に乗っかって、勝手に想像や妄想を膨らませた挙句、他人のことをあーでもないこーでもないと色付けし合うことに何の意味があるのだろうか、と思います。

 

他人の行動が自分の価値観と異なる場合、その背後には想像もできないほど色々な要因が隠れていると思うのですが、それを一言「信じられない」で片づけ、それにグループの全員が賛同しているのを見て、恐怖を覚えました。

 

自分たちが色付けした固定観念に、結局は、自分たちが縛られて首を絞められることになるだけだと思うのですが、それも人間の性なんでしょうかね。

 

粘着情報

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今から四半世紀前、「ユーザ・イノベーション」でお馴染みの MIT(マサチューセッツ工科大学)の経営学者 Eric von Hippel(エリック・フォン・ヒッペル)教授が「粘着情報(Sticky Information)」という概念を提唱しました。

 

「粘着情報」とは、同じ状況下や環境下にいなければ理解しにくい知識や情報のことであり、噛み砕けば、「現場」に居なければ分からない知識や情報のことです。

 

経営学の観点では、企業と顧客がそれぞれの「粘着情報(シーズ情報、ニーズ情報)」を保有しており、それぞれの粘着性に応じて、ユーザ・イノベーションの起こりやすさに違いが出てくることを説明するものですが、もっと平たく言えば、「事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!」ということです(平たくし過ぎかもしれません)。

 

ネットや SNS 上で起きている事件

「粘着情報」が最初に提唱されたころは、インターネットの黎明期であり、SNS なんてもちろん存在しませんから、情報はこちらから摂取しに行かなければなりませんでした。

 

でも、それから四半世紀が経ち、情報は頼みもしないのに、ネットや SNS を介して「あちら側」からこちら側にやってくる時代となりました。

 

本来は「現場に粘着している情報」という意味ですが、今や「勝手にまとわりついて粘着してくる情報」と定義を変更した方が良さそうなぐらい、ありとあらゆる情報がネットや SNS を介して粘着してきます。

 

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情報の断捨離

以上のような新型の「粘着情報」は、人間の隙間時間を狙って侵入し、人間の余白を容易に埋め尽くしてしまい、人間が思索したり判断したりする余地を奪います。

 

人間の思索や判断の余地を奪うということは、こちら(↓)の過去記事にも書いたように、人間の「自由」を奪い去る存在です。

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人の噂話に限らず、テレビであれ動画であれ活字であれゲームであれアプリであれ、ありとあらゆる情報コンテンツは、娯楽としての適度なお付き合いは別として、人間の「自由」を奪い去る方向に作用するものでしょう。もちろん、このブログもその1つです。

 

それに抗うには、粘着してくる情報を意識して払い除けるしかありません。

 

元々はユーザ・イノベーションのきっかけとして提唱された「粘着情報」という概念ですが、その提唱者のヒッペル教授は、これほどまでに様々な情報が人々に粘着する時代がやってくると、当時想像していたのでしょうか。分かりません。

 

 

 

あとがき

ノーベル賞のニュースを読んで、以上のように想像と妄想が膨らんでしまいました。

 

社会が成熟して、イノベーションの源泉たる「便利」「娯楽」の追求が進むと、必然的に「新・粘着情報」は増殖の一途をたどります。

 

スマホやタブレットを立ち上げた瞬間、粘着情報がまとわりついてくる時代ですから、子どもたちには、口を酸っぱくして「不要な情報は意識して捨て去る」ように助言しています。

 

最後にお願い・・・このブログは捨てないで下さい。

 

 こ 

 

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