敏感の彼方に

HSPエンジニアがお送りする、前のめりブローグ

子育てに必要なのは、学歴 < 情報収集力 < 現場力 < 精神力 < 体力

 

 

末っ子が幼児を脱して小学生になり、子育てに「体力 💪」が必要な時期は終わりました。

 

と言っても、抱っこしたりおんぶしたり、睡眠時間を削って夜泣きをあやしたり、急病・けがで病院に駆け込んだり、といったことの「体力」が不要になっただけで、キャッチボールしたりサイクリングしたり、といった遊び面の体力勝負はまだまだ続きます。

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でもまぁ、遊びはこちらにとっても気分転換や体力づくりになりますし、子どもと触れ合って成長を直に感じられる機会にもなりますので、良いもんだと思っています。

 

なので、子育てのために「身体にムチ打つ」時期は終わったと言えます。バンザイ。ただし、ATM として子育てするため、身体にムチ打って働き続ける必要はなくなりませんけどね。

 

それはさておき。

 

子育てで高くなる夫婦間の「壁」

自分の子育てがひと段落したのを良いことに、近頃は、他人様の子育ての様子を拝見しながら、「フムフム」「アラアラ」などとエラそうに高みの見物を決め込んでいるわけですが、ワンオペだったり、家事・育児の押し付け合いだったり、何というか、子育てのせいで夫婦間の壁がどんどん高くなっているような気がして、とても残念に思います。

 

子どもは、自分が育った環境を再生産する可能性がかなり高いため、夫婦(男女)間に高い壁があることを学習すれば、それを当然のように感じて、自分も大きくなったら高い壁を築こうとするかもしれません。実にもったいないことです。

 

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もちろん、育児というのは、何らかの形で一生続いていくものだと覚悟はしていますが、夫婦間の壁は、子どもが全面的に親の助けを必要とする乳幼児期を脱するまでの数年間に高くなってしまうケースがほとんどだと思います。

 

わずか数年間のせいで、その後一生取り除けないかもしれない壁ができてしまうなんて、ベルリンの壁よりもったいないことです。

 

もしそれが、不倫や離婚などの不和につながる原因となるなら、なおさらです。

 

* * *

 

家庭によって環境はさまざまなので参考になるかどうかは分かりませんが、来し方を振り返りつつ、夫婦間の壁を高くしないために、特に乳幼児期の子育てに必要なものは何なのか、独断と偏見で最も大切と思うものから順番に、ちょっと考えてみたいと思います。

 

1.育児に必要な「体力」

古代ローマの詩人ユベナリスは、「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言いましたが、それぐらい肉体は大切なものであり、あらゆる所作のベースになるものだと思います。

 

核家族が当たり前になる一方、社会全体が忙しくなって、仕事にも勉強にもとにかく時間が必要です。機械化やアプリなどのおかげで家事・育児全般は昔よりかなり楽になっているはずなんですが、生活全体は、なぜか楽になった印象がありません。スマホや動画に時間を奪われているからでしょうか? SNS や LINE での不必要なやり取り・つながりが増えてしまってるからでしょうか?

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いずれにしろ、時間がない中で乳幼児と向き合うために一番必要なことは、「体力」です。極端な話、24 時間寝なくて済むなら、子育てなんて楽勝です。

 

もちろん、ベビーシッターを雇って「体力」「時間」を「お金」で補えれば多少は楽になりますし、社会全体として、残業を減らしたり育児への理解を高めたりすることで、子育て世帯の体力的負担を減らすことも可能ですが、それでも子育てには体力が必要です。

 

自分にもっと体力があれば、仕事をしながらでも、家事・育児をもっとこなせるのになぁ、と何度も思いました。いちおう体育会系出身ですが、そう思いましたね。

 

夫婦喧嘩・不和の根本原因をたどれば、ほとんどは「体力不足」に行き着くんじゃないでしょうか。体力がないため、自分や相手や子どもへのイライラが募り、他人を思いやる気持ちが減っていき、それで益々イライラが募り・・・という悪循環です。

※ DV などは、また別の話です。

 

家事も育児も体力勝負の要素が多いため、本来は、基礎体力のある男性向きなんじゃないかと思います(妻の方が体力に自信があるのなら、男女で役割を見直せば良いことです)。

 

子どもたちがまだ乳児の頃、家族で出掛ける際には、「せめて自分ができること」と思って、抱っこするのはボクの役目でした。そして、「どうせ抱っこするなら、体力作りも兼ねちゃえ!」と思って、抱っこヒモをほとんど使いませんでした。ひょっとしたら、一度も使っていないかもしれません。そしたら、腕っぷしが強くなって、下の子になればなるほど抱っこが楽になりましたし、その後の子育てにも使える体力がつきました。

 

そんな経験から、子どもたちには男女問わず、「勉強も大事だけど、体力も同じかそれ以上に大事だよ」とよく言います。体力があれば、心にも頭にも余裕が生まれます。

 

2.育児に必要な「精神力」

今や、子育てを「手伝う」姿勢では、「イクメン」と呼んでもらえません。それどころか、「イクメン」という言葉は、「言われたことをやっただけでドヤ顔する厚顔無恥なドヤラー系父親」を指す表現となりつつあるように感じます。

togetter.com

 

でも、人間にはそれぞれの「適性」ってものがありますので、育児を卒なくこなせるパパもいれば、そうでもないパパもいて、それぞれに応じた各家庭の「あり方」があると思います。家庭の数だけ、夫婦の「あり方」が存在して当然です。

 

なので、「父親も家事・育児を主体的にやるべき」という、主に妻側の理想像のようなものだけが独り歩きしてしまうのも、それはそれでちょっと怖いなと思います。反論しにくい「正論」は、その正しさの裏で必ず誰かを苦しめます。

 

論をぶつけ合ったり、効率を追求したりすれば、育児はある程度うまく進むかもしれません。でも、最終的な到達点は、そんな所にないんじゃないだろうか、というようなことを過去記事『【父育児】子育てのゴールが見えてきた立場から思う家事とイクメンと私』に書きました。

 

この過去記事にも書いたように、ボクは、「こだわりを捨てる」「相手の面倒を引き受ける」ことを目標にこれまでやってきました。そこに、自分なりの答えを見つけたからです。

 

ただし、ボクのような一般人の精神力では、どうしても心が折れそうになることがあります。そんな時は、心に掲げた理想を先人たちの言葉で味付けして、自分の弱さに負けないように踏ん張ります(と言いながら、よく負けます)。

www.overthesensitivity.com

 

3.育児に必要な「現場力」

子育ては、会議室でもネットの中でもなく、現場で起きています。

 

いくら育児の知識や想像力があっても、それを子育ての現場で活用できなければ意味がありません。上に挙げた「体力」「精神力」が子育てのベースとして大切だとは思いますが、それらを発揮できるのは、まさしく「子育て」という現場だけです。

 

仕事も同じですが、知識や想像力で理解できるのは、現場のほんの一部の表層でしかありません。手足を動かすことで初めて分かることって、この世には無数にあります。

 

現場に深く関わって、自分の手足・脳ミソを働かせることで、子育ての奥深さが見えてきます。「あーだこーだ」と子育てについて語るのは、そのあとの話です。

 

4.育児に必要な「情報収集力」

ボクの個人的な感覚ですが、「情報収集力」は子育てにあまり必要ありません。というか、邪魔になることの方が多いかもしれません。

 

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ネットの世界を漂っていると、育児に関する「~しましょう」「~するべきです」「~が良いです」といった情報によく出会いますが、それらをひたすら受動的に読んでいるだけでは、「そうしなければならない」という思い込みが強くなったり、そうできなかったときの不安や自己嫌悪感が強くなったり、という弊害があるように思えます。

 

もちろん、楽しい情報などは十分に取り込めば良いと思いますが、そもそも子育ての方法論なんて、5年や 10 年で大きく変わることなどあり得ませんし、本当に大切なことは、病院や保健所、広報誌などを通じてちゃんと耳に届きます。

 

ボクの場合は、子どもが生まれる前に、『育児の百科』という往年の名著に目を通しておき、生まれた後は、病気などの問題が起こるたびに本書の関連ページを繰ったり、ツマと相談したり、分からないことだけネットで調べたり(ただし、信頼できるサイト!)、ということだけで十分に事足りました。

 

夫婦ともに両親が遠方のため、最初は不安もたくさんありましたが、子育てには当然リスクが付きものです。「この子を育てるのは自分」と腹を括るしかありませんでした。覚悟を決めた上で、「いかにリスクを減らすか」ということを何度も何度も考えました。

 

ネットにはまり過ぎると、関連する記事や動画に次々と目移りして、子育てに大切な「体力(睡眠時間)」がどんどん奪われてしまいます。そんなことよりも、目の前の「子ども」という現実に向き合う方が、よっぽど価値があります。もちろん、適度な息抜きは忘れずに。

 

こんなブログを読むのも、適度に切り上げましょう。

 

あと、LINE などで流れてくる他人の子育て自慢は、完全に無視しましょう。「百害あって一利なし」です。少なくとも、自分の子育ての参考にはなりません。

 

5.育児に必要な「学歴」

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「学歴」を5番目に挙げたということは、それだけ「不要」と思うからです。

 

高等教育で授かる程度の合理性や論理性なんて、子育てには不要です。もう、言い切ってしまいます。あえて言うなら、高等教育を受ける中で身に付けた情報処理能力や記憶能力あたりは、情報過多なこの時代に有用かもしれませんね。

 

子どもにたくさんの知恵がついてきたら、いろんなことを教え諭すのに、合理性や論理性は大きな武器になると思いますが、少なくとも子どもが乳幼児の間は、あんまり要らないですね。

 

乳幼児って色んな面で実に「動物的」ですので、それと対極にある「学歴」を意識しすぎると、それがもたらすプライドや自尊心によって、子どもという存在が実に「疎ましい」ものに感じられてしまうかもしれません。

 

「高等教育」と「子育て」の関係は、かなり根深い問題だと思います(↓)。

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その他の必要な力

上に挙げた5つの「必要」以外に、「自己完結力」と「状況判断力」も3番目あたりに入れておきたいですね。

 

自己完結力

夫婦間の壁が高くなるのは、相手に対する依存心も少なからず影響するのではないかと思います。たとえば、夫が妻に「子どもと1時間ほど出掛けてきて」と言われた場合は、その1時間の中で必要となりそうなものを考えて自分で準備し、実際に出掛けて、帰宅したら後片付けする、という一連の流れを自己完結できれば、妻は助かりますよね。

 

かと言って、自己完結力が高すぎる(依存が少なすぎる)のも、相手に疎外感を与えかねませんので、互いに適度な依存関係を保ちたいところです。

 

状況判断力

子育ては、リスクとの闘いとも言えますが、だからと言って、生活からすべてのリスクを排除してしまうのも、それはそれで危険だと思うわけです。

 

そのあたりのことを書いています(↓)。

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さいごに

以上、3人の子育ての経験から、特に乳幼児期には何が必要で、何がそれほど必要でもないかを綴ってみました。基本的には、体力さえあれば何とかなるかなぁ、という実感です。かなり大雑把で自分でも笑ってしまうのですが、本当に心からそう思うのです。

 

ただし、上にも書きましたが、家庭の数だけ家族の「あり方」が存在しますので、それぞれの家庭に応じた組み合わせなり優先順位なりがあるんだろうとは思います。

 

この記事が、見知らぬどなたかの参考になれば幸いです。

 

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