敏感の彼方に

HSPエンジニアがお送りする、前のめりブローグ

「死ね」「バカ」と魑魅魍魎な同級生に言われる小学1年ムスコの心の中

 

 

この世には、魑魅魍魎たる化け物がたくさん潜んでいる。誰かがアナタの魑魅魍魎であり、アナタも誰かの魑魅魍魎であり、ボクも誰かの魑魅魍魎だ。

 

共通の価値観が少なくなり、TV やネット、SNS、ゲームなどの仮想空間で過ごす時間が長くなるほど、生きる環境が異なるほどに、互いの気持ちが分からなくなる。

 

親の価値観が異なるほどに、それに輪をかけて子ども同士の価値観は乖離していく。 

 

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価値観のスキマを埋めるには、一人ひとりが多様な考え方や知識を身にまとって交流するしかないし、それには言葉や表現が大きな役割を果たすと思う。

 

そう考えて、子どもたちには数千冊の絵本を読み聞かせしてきたし、文字や計算をあえて教えることなく、言葉のジャングルを延々と彷徨ってもらってきた。

 

そうやって地道に子育てしてきた結果、我が家からは晴れて乳幼児がいなくなり、末っ子のムスコNも嬉々として毎日小学校に通っている。

 

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その小学校には、「死ね」「バカ」「消えろ」「アホ」を口癖のように軽々と発する魑魅魍魎たちがいる。一方、声のボリュームがでかくて「超」負けず嫌いのムスコNも、誰かにとっては魑魅魍魎なのかもしれない。

 

そんな環境の中、幼稚園上がりの友達は少ないけど人間が大好きなムスコNは、初めて習うひらがなや計算を乾いたスポンジのごとくグイグイ吸収して、自分の頭の中にある数千通りものストーリーを参考にしつつ、吸収した言葉や表現を駆使して、自分なりの友人関係やクラスでのポジションを築いていってるようである。

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ただ、入学後1~2カ月も経ったころには、周りの魑魅魍魎の影響を受けてか、「死ね」「バカ」「消えろ」「アホ」という言葉がムスコNの口から出てくるようになった。実際にそう思って発しているわけではなく、そのような人を蔑む言葉にたびたび曝された結果、ある意味その魔力に「憑りつかれ」て口癖のように使っているだけではある。

 

そんなことは、ボク自身も公立の小中学校でお世話になったから、ある程度は織り込み済みなんだけど、それなりに長く生きてきた人生の途上では、近しい人が自死を選んだり不慮の事故で亡くなったり、という経験を何度かしているし、たとえ商売とは言え、「アホ」「バカ」という煽り言葉を冠した書籍が売れる世相にちょっとした違和感があったりするため、ムスコNには、そのような言葉を軽々に使ってほしくない。

 

少なくとも、そのような言葉が行き着く先を想像できるようになるまでは。

 

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なので先日、「死ね」「バカ」「消えろ」「アホ」といった言葉を不必要に使わないように、ムスコNと約束した。

 

普段はヘラヘラしてあまり威厳のない父親だけど、そんな父親だけに、珍しく交わした「約束」にムスコNはそれなりの重みを感じたようである。

 

約束から1週間ほどは、はずみで言ってしまうこともあり、そのたびに約束したことを説いていたのだけど、10 日も経てば、ムスコNの口から「死ね」「バカ」「消えろ」「アホ」という言葉は一切出なくなった。

 

人間というのは、やはり若ければ若いほど、修正が利きやすいということを改めて実感した出来事だった。

 

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さてさて、「これで問題も解決」と思ったのも束の間、また別の問題が発生した。

 

昨夜、「友だちが『死ね』とか『消えろ』とかいっぱい言ってくる」と、ムスコNが憤っていた。そんなのはそもそも「友達」ではないと思うのだが、ムスコNに言わせれば、いちおう友達らしい。

 

で、それに対してどのように対処したのか聞いてみたところ、「心の中で百回『死ね』って思ったけど、言わなかった」とのこと。

 

我が子ながら、約束を守り通そうとする意志の強さに感心したし、男同士の固い約束を守ってくれていることが心から嬉しかった。危うく泣きそうになった。それを隠すため、ムスコNの頭をゴシゴシと撫でて、目いっぱい褒めてやった。当のムスコNは、「何がそんなに大したことなのか?」というような表情をしていたけれど。

 

ただし、まだ子どもなのに、そういうことをため込むのは良くないから、愚痴を目いっぱい聞いてあげるとともに、何故そのような理不尽が起こるのかを、聞き出せた範囲の状況から想像して、ボクなりに説明してあげた。

 

大人であれ子どもであれ、他人を蔑んだり貶めたり辱めたり貶したり罵ったりする言葉を投げつけることは、どちらかと言えば簡単なこと。そんなことよりも、そうなった相手の背景を自分なりに想像して、その裏にある心理を読み解き、自分の信念や正義に照らしてみることの方が、よっぽど価値がある。相手の土俵にわざわざ乗っかるより、自分の懐の大きさや受容力を確かめる機会、ぐらいに思える方がいい。

 

状況を確認してみると、ムスコNだけを標的にして罵詈雑言を畳みかけてくるわけではなく、相手を取っ替え引っ替えしながら無差別攻撃するタイプのアレらしい。ムスコNは負けず嫌いで、この程度のことは意にも介さないタイプでもあるから、しばらく様子を見ることにしたけど、エスカレートするようなことがあれば、男同士の約束を守ってくれたムスコNのために、今度はこちらが役割を果たさなければならない。

 

魑魅魍魎のうちの一人は、ボクもよく知っている。親がほとんど構ってくれず、学校以外の時間のほとんどを動画やゲームに費やしていることも知っている。それで勉強ができなくなり、自己肯定感がかなり低そうであることも察している。だから、その子も被害者だと思う。

 

このような魑魅魍魎がウジャウジャいる環境の中、自分も他人にとっては何某かの魑魅魍魎であろうムスコNは、大人になってからはなかなか体験できない「良い」経験を積むことができていると思う。

 

たとえば、どこかの大統領やどこかのインフルエンサーたちから、電波や電線に乗っかって流れてくる罵詈雑言や誹謗中傷など意に介さず、そういう人たちこそ被害者なんだろうと憐れみながら、せめて自分が汚い言葉を飲み込んでそのバカげたアホらしい連鎖を断ち切る一人になれるかもしれない、という経験を。

 

同じような価値観の人間同士でくっついて生きるのは簡単で楽だけど、そうやって垣根を築くことは、全体最適ではなく部分最適でしかない。

 

想像を絶する魑魅魍魎に出会う喜びって、どこにでもある。

 

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