敏感の彼方に

HSPエンジニアがお送りする、前のめりブローグ

[なぜ働く?]天与の「役割」を感じた「部屋とTシャツと私」

 

今年も残りわずかとなりましたね。

 

昨日、今年買ったものをボンヤリと振り返っていて、夏前に購入したTシャツのことを思い出しました。

 

アトリエインカーブ(atelier incurve)

毎年、夏前に少なくとも1着、その夏の自分のテーマとなるTシャツを購入します。年齢とともにくすむばかりの自分を少しでも輝かせてくれる1着です。

 

今年はどこで買おうか・・・と考えていて、以前、テレビか何かで見聞きした話を思い出しました。アトリエインカーブ(atelier incurve)という福祉施設の知的障がいを持つ方々が、アーティストとしてすごく活躍されているという話です。

 

ひょっとしてTシャツなんかも作ってるの?と思って、サイトをのぞいてみると・・・ショップがあるじゃないですか!

 

まずは、どんな施設なのか。同サイトの説明を以下に引用します。

アトリエ インカーブは、社会福祉法人素王会のアートスタジオとして2002年に設立。18歳以上の、知的に障がいのある現代アーティストたちの創作活動の環境を整え、彼らが作家として独立することを支援している。現在25名が所属。 2005年、ニューヨークで開催されたアートフェアに出品以降、海外・国内の美術館やギャラリーで展覧会が企画・開催されている。 2010年にアトリエ インカーブのアーティスト専門の「ギャラリー インカーブ|京都」が開廊。国内のみならず、ニューヨークやシンガポールなど海外の現代アートフェアに積極的に出展している。

 

世界的な活躍で、ビックリです。

 

Tシャツを購入

世界に進出しているアーティスト集団ということで、密やかに期待しつつショップに移動し、いろんなデザイン商品(バッグ、ポーチ、クッションカバー、ヌイグルミ、ブックカバー、etc.)の中からTシャツをポチッ!

 

10 種類のデザインがあります。

 

一応、来る夏のボクの「一張羅」になるわけですから、最初からここで買おうと決めていたわけではなく、じっくりと吟味するつもりでした。

 

「世界的な活躍に惑わされないぞ」「福祉施設だから買うわけじゃないぞ」・・・などと自分の心を確認しつつ・・・数分後には、武田英治さんの作品をポチッ!

 

ぜんぜん誘惑に勝てていません。

 

部屋とTシャツと私

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数日後、Tシャツがやってきました。

 

しっかりとした生地に、大きく時計がデザインされています(左の画像)。モノクロの力強さの中、自由の制約となる「時」を刻む時計が、自由を謳歌するようなデザインで描かれた背反的な構図が気に入りました。

 

下の方には、「atelier incurve」のロゴや「made in Japan」などと書かれたタグが、前面から後面にかけて縫い付けられています(右の画像)。

 

デザイン、サイズ、肌ざわり、着心地、どれも申し分ありません。なかなかのお値段ですが、思い切って買って良かったです。

 

Tシャツを着て、何食わぬ顔で家の中を歩き回っていたら、まず初めに子どもたちが、「時計っ!」「どこで買ったの?」「ボクも欲しい!」などと食いついてきました。子どものようにエネルギッシュで自由なデザインが、子どもたちの心をくすぐるのかもしれません。

 

夏の間に、何人かがこのTシャツを気に入ってくれました。ボクがデザインしたものでもないのに、なぜか自分のことのように嬉しかったですね。

 

何かの縁で手にしたこの一張羅。大切に長く着続けます。

 

また、ギャラリーが京都にあるようので、近くへ行く機会があったら是非立ち寄ってみたいですね。このTシャツを着て。

 

「役割」が輝くデザイン

岡本太郎さんの『今日の芸術』には、子どもの絵と優れた芸術家の作品の違いを述べた部分があります。

 

子どもの絵は、のびのびして、生き生きした自由感はあるけども、その魅力が我々の全生活、全存在をゆすぶり動かすものでないのは、それが戦いを経て獲得した自由ではないからです。

 

一部、引用します。

すぐれた芸術家の作品の中にある爆発する自由感は、芸術家が心身の全エネルギーをもって社会と対決し、戦いによって獲得する。ますます強固におしはだかり、はばんでくる障害をのりこえて、うちひらく自由感です。・・・すぐれた芸術にふれるとき、魂を根底からひっくりかえすような、強烈な、あの根源的驚異。

 

今、横に置いたTシャツを見ながら書いています。

 

芸術のことはよく分かりませんし、障がいを持つ方の困難も、ボクにはよく分かりません。辛うじて想像することぐらいしかできません。

 

でも、スタッフの方々が創作活動を支援し、その中で、障がいを持つ方が子どものような無邪気さと、獲得した自由とを併せ持って創作する「役割」を見出し、その結果としての創作物を「気に入って」購入できたことが、ただ嬉しいです。

 

障がいの有無に関わらず、「役割」を担える人は眩しくて羨ましいです。

 

ボクも、このTシャツを着て、少しは光り輝けるようになりたいものです。

 

天与の「役割」

以前、何かの記事で読みましたが、ドイツに本社を置く大手ソフトウェア会社の SAP では、世界中の数万人の社員と一緒に、100人以上の自閉症の人が社員として働いているらしいです。

 

義務的に採用した人たちではありません。その優れた集中力や記憶力が業務上不可欠だから採用した人たちです。つまり、立派な戦力です。

 

障がいを持つ人は、健常者にはない、健常者には想像もできない能力を持っている可能性があります。すごく希少な能力です。

 

その能力を生かせる多様性と、適切な支援や役割があれば、障がい者は、もはや障がい者でなくなるのかもしれません。

 

健常者にも同じ事が当てはまります。

 

なぜ働くのかを考えた時、老若男女問わず、すべての人間に天与の「役割」というものがあるはずです。そして、偶然であれ、そのような役割に近づけた時、その人は眩いくらいに輝いて見えるんでしょうね。

 

もっと言えば、天与であろうとなかろうと、目の前のことを天与と思い込める人間こそ、最も輝いて見えるのかもしれません。

 

 

 

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