敏感の彼方に

HSPエンジニアがお送りする、前のめりブローグ

「アイドルをめざせ!」と言うアイドルが詐欺師にしか見えない件 bye嵐

 

 

ジャニーズの「嵐」が 2020 年いっぱいで活動を休止することが発表され、数日たった今も芸能界の大御所がコメントでそのことに触れたり、有名な歌手がつぶやきの削除に追い込まれたり、世間がざわついていますね。

 

嵐 アイドル 活動休止 引退 詐欺師

 

嵐ロス

ボク自身は特に思い入れがないため、取り立てて何かを感じることもなく、ただ「お疲れ様」という気持ちしかないのですが、10 年以上にわたって嵐を見続けてきたツマには、「嵐ロス」というほどの落ち込み様は見られないものの、1つの時代が過ぎ去ろうとしていることに自らの来し方を重ね合わせた結果としての寂寥感なり喪失感なりが少なからずあるようです。

 

アイドルは偶像であり、「運」の結果でしかない

アイドル(idle)とは偶像のことであり、偶像とは崇拝の対象ですよね。

 

何者かが偶像となるのは、時代の空気と呼応した運命的かつ宿命的な結果でしかなく、その偶像が崇拝の対象であり続けられるのは、商売上の戦略も含めて、偶像本人の一生を賭するほどの努力があってのことでしょう。つまり、目指す誰もがなれるものではなく、努力できる才能も含めて、すべては「運」に帰結します。

 

アイドルになった経験がないので本質的な部分は分かりませんが、真のアイドル(偶像)というのは、そのような運命性を肌間隔で捉え、自分を取り巻く関係者やスタッフなどからの助言もあって、自分がどれほど「運」に立脚しているかを深く悟り、運の定めに抗うことの難しさを十分に理解しいるんじゃないかと思います。

 

「アイドルをめざせ!」というアイドルの存在

ですので、「アイドルを目指せ!」と言うアイドルなど、本来は存在し得ないのではないかと思うのです。「運」に立脚していることを悟れば悟るほど、「アイドルを目指せ!」などと軽々に発することが如何に無責任か、容易に分かるはずです。

 

逆に考えるなら、「アイドルを目指せ!」と言うアイドルが仮に存在したとしても、それは高い確率で「真のアイドル」ではなく、真のアイドルではないのに「アイドルを目指せ!」と喧伝しまくるのには、何か別の思惑が絡んでいるからなんじゃないかと、ついつい疑いの目で見てしまうわけです。

 

アイドルに限らず、何らかの稀有な仕事を成し遂げた人は、もちろんその裏に本人の実力や努力もあるわけですが、そのような実力を持っていることや努力できることも含めて「運」でしかなく、それ以外にも数々の場面で数々の運が作用した結果として大きな仕事に結び付いたことを悟っている場合が多く、そのような人は「私を目指しなさい」と決して言いません。無数の運が相互作用した結果としての「私」など、ほかの誰かが容易に真似できるものではないと分かっているからです。

 

運には無限の組み合わせがあることを知り、たまたま時代の空気と呼応して運に立脚できた人なら、そうじゃないボクら庶民に対して、逆に「私を目指してはならない」と言ってくれるはずです。それが確率論的には絶対正しい「優しさ」だと分かっているからです。運命に翻弄されることの苦しみが分かっているからです。

 

ネットや SNS に出現した「マイクロアイドル」

ところで、アイドルというのは、必ずしも何か特別な才能を持っているわけではなく、たまたまその時代に背中を押されてステージに立つことになった偶像です。

 

ひと昔前まで、そのようなアイドルが活躍する場所は、テレビや雑誌などのマスメディアに限られていましたが、ネットや SNS が発達した今は、フォロワという名のファンを背負ったスモールサイズの「マイクロアイドル」が群雄割拠する時代です(この場合は、アイドルと呼ぶよりも、「インフルエンサー」と読んだ方がしっくりきますね)。

 

ただ、スモールサイズとは言え、そのようなアイドルたちも時代に背中を押されて仮想的なステージに立つことになった偶像であることに違いはなく、偶像であるということは、何らかの「運」に立脚している可能性が高いわけです。そのことを十分に理解しているアイドルは、おそらく「アイドルを目指せ!」などと放言しないでしょう。

 

大抵のマイクロアイドル(インフルエンサー)はそうなんですが、ごく一部に、「アイドルを目指せ!」と言うアイドルが存在します。具体的には、「インフルエンサーを目指せ!」と言う仮想通貨金満 YouTuber だったり、「私を目指せ!」と言う自分大好きブロガーだったり、「オレを目指せ!」と言う起業家だったりします。もっと具体的には・・・

 

さらにひどくなると、「俳優を目指せ!」と言うアイドルまで出てきます。自分自身はアイドルであって俳優ではないのに、視聴者からはどちらも割りと同じように見える点に着目して(両者を区別なく見てしまう視聴者に向けて)、一度も経験したことのない俳優を「目指せ!」などと放言し始めます。もう、何でもありの無茶苦茶な状態です。

 

そもそも、アイドルを消費している「ファン」が本当にアイドルを目指すようになると、ファンをやめてしまったり、アイドルとしてのライバルが増えてしまったり、アイドル側としては都合の悪い事ばかりですから、その立場で「アイドルを目指せ!」と言うのは本来的に矛盾する行為です。

 

そのことを分かった上で、ファンの大多数はパトロン的に応援できれば満足してしまう心理や、お金をつぎ込めばつぎ込むほどアイドルから離れ難くなる心理や、ファンがアイドルに化けることなど確率的にほぼあり得ないことを重々に承知しながら「アイドルを目指せ!」と放言しているとするなら、こんなにタチの悪い話はないですね。

 

「アイドルをめざせ!」と言う詐欺師

上にも書いたように、真のアイドルは「アイドルを目指せ!」なんて放言したくてもできないでしょうから、一部で「アイドルを目指せ!」と絶叫している方々は、真のアイドルではないか、自分が真のアイドルにはなり得ないことを既に自覚している人か、あるいは「アイドルを目指せ!」と言って自分の利益に誘導したいだけの人か、そのどれかでしかありません。いずれにしろ、真のアイドルではないのにアイドルのフリをして「アイドルを目指せ!」と放言している時点で、その行為自体が詐欺師と同じ扱いになります。

 

「アイドルを目指せ!」と放言する「なんちゃってアイドル」を見分けるポイントとしては、ネガティブなワードを多用する点が1つ挙げられます。なぜかと言うと、ネガティブなワードというのは、心が疲れている人に突き刺さりやすく、その分だけ(なんちゃって)アイドルを輝く存在として見せつけることができるからです。たとえば、「アイドルはキラキラ輝けるし、儲かるし、自分次第で何でもできる一方、普通の人間は、社会の奴隷だ」という意味で、「脱普通」という言葉を使ってボクら庶民を「運」の結果でしかない「アイドル」へと導くフリをしつつ、しっかりとお金だけ持っていきます。

 

嵐が去る日

2020 年をもって日本から嵐が去ることになり、「アイドルを目指せ!」と放言する「なんちゃってアイドル」の方々は、「時代はますますバーチャルに! いよいよ自分たちの時代だ!」と鼻息が荒くなっていることでしょうが、「アイドルを目指せ!」と言うアイドルが詐欺師のような存在である以上、疑うことを知らなかったり、押しに弱かったりする方々には特に、身ぐるみ剥がされることのないよう、くれぐれも注意して欲しいと願います。

 

アイドルは、手が届きそうで届かないぐらいが丁度よいのに、手が届くどころか、「自分もアイドルになれる!」などという錯覚まで引き起こそうとするアイドルには、裏に何かあると考えるべきです。真のアイドルは、軽々に「アイドルを目指せ!」などと放言することはないと信じています。

 

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