2019 年3月、無料のタクシーが福岡で走り始める。米 Uber Technologies (ウーバー社)の配車・運行サービスの無料版とも言えるが、それとは少し異なるようだ。

仕組みは簡単。運賃(運行コスト)を負担するスポンサーの広告が車内で流れるため、利用者はそれを視聴することを条件に、運賃がタダになる。
このサービスを提供するのは、ベンチャー企業のノモック(nommoc)。
配車(タクシー)の依頼は、専用の配車アプリを介して行う。
利用者は、会員登録時に、性別・年齢・趣味などのアンケートに答えるため、その結果によって利用者と広告のマッチングが行われ、利用者が興味を持つ飲食店やショップ、サービスの広告だけが流れることになる。
特定のユーザに的を絞った「ターゲティング広告」の需要・単価が高まる中、「タクシー」という閉じた空間で利用者の関心を独占できるため、広告を流したいスポンサーにとっては有効な宣伝媒体となることが期待される。
また、人工知能(AI)技術により、利用者の行き先(行動パターン)や好みのデータを蓄積・分析・学習して、利用者とスポンサーとのマッチングをより高めることで、利用回数が増えるほど、利用者に最適な広告が流れるようになる。
当初は 10 台前後でスタートして、東京オリンピックの 2020 年を目途に、東京や大阪で 2000 台前後を走らせる計画で、海外市場も見据えているらしい。
福岡といえば、3年ほど前に「みんなの Uber」というライドシェアの実験が行われたものの、1カ月ほどで国土交通省から行政指導が入り、中止となった過去を思い出す。個人の自家用車で人を運送することが、道路運送法に規定される「白タク行為」に抵触する可能性があるためだ。
今回の nommoc の事業は、ウーバーのような「ライドシェア」とは一線を画し、タクシー事業の立ち上げなりタクシー会社との連携なりによって、あくまでもタクシー事業の一環として行われるのだろう。
ところで、気になるのは、車内での過ごし方。利用者が広告に注目するように、スマホや雑誌などの閲覧が何らかの方法で制限されそうな気もする。
ただ、それでは敬遠される可能性があるため、利用者の自由を残しておく必要がある。そのためには、いかに利用者の関心を引く広告を流せるかが重要なポイントになってくるんだろう。また、広告の効果を測定してスポンサーに示す必要もある。
このあたりが上手く回れば、かなり有望なサービスになるんじゃないだろうか。いずれにしろ、広告を流す空間として、タクシーの「密室性」を利用するわけだ。

タクシーが無料になるなら、その次には、「バス、電車、新幹線、飛行機の無料化」という話が出てくる。
タクシーのような密室性はないが、各座席に個別のディスプレイを設け、座った乗客の趣味・趣向に応じた広告を流し、広告を視聴した時間に応じて運賃を割り引く、というサービスも考えられる。
ただ、バスや電車程度の運賃なら十分に考えられるが、新幹線や飛行機クラスになると、その運賃を賄い、運行事業者の利益にもなるほど効果の高い広告を用意できるかどうか、という点が重要になってくる。新幹線や飛行機に乗ってる間ずっと広告を流すわけにもいかないから、単なる広告ではなく、映画やドラマ、バラエティ仕立てなど、広告とセットにするコンテンツをいかに充実させられるか・・・かなり難しい。
人工知能(AI)技術を駆使する Google や Uber が自動運転に参入し、自動車産業が「サービス産業化」していくと、消費者と最も近くなるこれらのサービス事業者が強大な力を持つことになる。
同様に、nommoc のような無料配車サービス事業者が、旅客輸送事業者(タクシー事業者など)と消費者との間に割って入るようになれば、これまでの業界構造が一変して、社会も大きく変化することになる。
それがユーザにとって有益なサービスなら、大いに期待したいところ。もし、nommoc の配車を近くで利用できるようになったら、真っ先に試してみたいものである。