敏感の彼方に

HSPエンジニアがお送りする、前のめりブローグ

【SNS やネットの反応】賛成と反対が同数なら賛成多数と考えて良いのだ

 

 

日本、いや、世界に星の数ほどあるウェブサイトの中で、わざわざ当ブログを訪れていただき有り難うございます。

 

思い付いたことを自由気ままに書き散らしている弱小ブログですが、毎回のように「はてなスター」を付けていただいたり、最近では「はてなブックマーク」を踏んでくださる固定ファン(???)も増え、記事更新の大きな励みになっています。

 

賛否の反応

Twitter や Instagram との連携は行っていませんが、こんな駆け出しのブログでも、はてブを中心に賛否いろいろな反響をいただく機会があります。

 

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ボク自身は割りとドライな性格なので、賛成も反対も「フムフム」と読んで、「勉強になるなーっ!」と一言発して終わりです。

 

この世には、賛成でも反対でも「100%」になるケースなど、ほとんどありませんし、そもそも聖人君子でもない限り間違うのは当たり前で、だからこそ賛成も反対も自分の血肉となるように一生涯勉強していかなきゃならない、と思っているからです。

 

「反対」意見に落ち込む人々

一方、SNS やネットの世界をグルグル巡っていると、ちょっとした反対意見に落ち込んでいたり、反対意見に反論して論破しないと気が済まなかったり、反対意見が全体の 10%ほどしかないのに過剰に反応していたり、といった人を見掛けることがあります。

 

もちろん、反応の仕方は、人それぞれの性格や目的などによって決まるため、「こうするのが正解」という反応なんてないと思いますが、リアルの世界では考えられないほど感情が乗り過ぎた意見や、「面と向かっては言わないでしょ?」的な意見に対して必要以上に反応するのは、心を無駄に疲弊するだけで、良いことは何一つありません。

 

自分で意識しているか否かに関わらず、バーチャルな世界に「承認欲求」の可能性を見出している人ほど、「反対」という「未承認」には過敏に反応してしまうのかもしれません。

 

「反対」の人は声が大きく、「賛成」の人は声が小さい

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でも、考えてみてください。

 

昔も今も、洋の東西を問わず、リアルでもバーチャルでも、

 

反対」の人の声が大きく、

賛成」の人の声が小さい、

 

のは、公然の事実です。

 

何かの意見に「反対」の人は、その意見がそのまま通過したり、そのまま世間に広がっていくことを極度に恐れるため、声を大にして「反対!」を叫びます。

 

一方、「賛成」の人は、その意見がそのまま通過し、そのまま世間に広がることを良しとするため、何も言わないのが普通です。声を大にする必要性があまりないのです。

 

この傾向は、モノゴトが穏便に進むことを望む人が多い日本で特に強く感じます。

 

ですので、SNS やネットに限らず、リアルの世界も含めて、「反対意見」というのはどうしても目立ってしまうんですよね。

 

賛成と反対が同数なら賛成多数

というわけで、たとえばブログの記事や Twitter のツブヤキに対する反応を見て、賛成と反対が同じ程度なら、「賛成が多数なんだろう」と考えます。しかも、賛成が「圧倒的」多数の可能性が高い、とまで考えます。

 

本質的に目立つ傾向の「反対」に対して、「賛成」もほぼ同数あるわけですからね。これは、賛成の「圧倒的多数」と考えても良いのではないでしょうか。

 

感覚的な話でアレですが、「賛成」が全体の 10 ~ 20%でも、実際には十分に「賛成多数」なんじゃないかと思います(プラス思考すぎるんでしょうね)。

 

なので、賛成があまりに少ないからといって、無駄に落ち込んだり、過剰に反応したりする必要なないでしょう。一見多数に見える「反対派」の後ろには、「物言わぬ多数派(サイレントマジョリティ)」が「賛成派」としてたくさん控えているはずです。

 

意見に「感情」を乗せてはいけない

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ただし、以上のような関係性が成り立つには、意見に「感情」をできるだけ乗せないようにする必要があると思います。

 

発する意見に感情が乗りまくって最初からケンカ腰の様相では、反対意見を必要以上に引き込んでしまうのみならず、「賛成派」として後ろに控えているはずの「サイレントマジョリティ」まで「反対派」に回してしまう可能性が高くなります。こうなるともはや、「賛成多数」とは言えませんし、意見を発する意味が無くなってしまいます。

 

わざとそれを狙うケース(「炎上」など)も当然ありますが、そのような感情と感情の衝突の行き着く先に、何か有益なことがあるのでしょうか? せいぜい「暇つぶし」ぐらいの益しか思い当たりません。

 

「賛成」がゼロなら再考を

たとえば、100 件の反応の中に「賛成」が1件しかなくても、実際には「賛成」が 20%ほどあるかもしれませんし、30%ほどあるかもしれませんし、半分以上かもしれません。それぐらい気楽に考えれば良いと思います。

 

ただ、難しいのは、「賛成」がゼロの場合です。

 

たとえば、反応が5件しかないような場合には、全部「反対」だからといって悲観する必要はありません。母集団(5件)が小さ過ぎて、判断しようのないことです。

 

これに対して、反応が 100 件ある中で、「賛成」がゼロの場合は、ちょっと危機感を覚えた方が良いでしょうね。たまたま「賛成」が集まっていないだけかもしれませんが、それ以上に、最初の意見が間違っている可能性が高いと思って、胸に手を当ててみることをおススメします。

 

 

 

さいごに

SNS やネットが発達して、字面の意見や感情に接する機会ばかりが増えてしまい、「人間(日本人)って、元々こんなに物申す存在だったっけ?」と思いながら、弱小ブログで物申す今日この頃です。

 

まさに、「1億総表現社会」であり、「1億総ツッコミ社会」です。

 

そんな社会だからこそ、バーチャルの世界で感情が乗った意見を無闇に投げつけたり、反対意見に必要以上に反応したりせず、リアルの世界でたくさん出会いましょうね。

 

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