敏感の彼方に

HSPエンジニアがお送りする、前のめりブローグ

なぜ働く?|サラリーマンを dis る転職アフィと会社勤めの意味

 

 

多くの若者が社会人となって会社勤めを始めるこの春に、

 

企業に入っても社畜になるだけ
サラリーマンに未来はありません
新入社員はさっさと会社をやめましょう
・・・・・

 

と目一杯あおった後、

 

転職サイトはこちらです

 

と紹介する「転職アフィリエイト」は、もはやこの国の風物詩となりつつありますね。

 

f:id:nezujiro:20180408163932j:plain

 

春先だけではありません。5月病が発生しやすい季節、6月や12月のボーナス月、転職市場が活発化する9月や12月ごろにも、同じような光景が見られます。

 

転職アフィ自体は商売なわけですし、それが実際の転職に役立った人もいるでしょうから、ぜんぜん OK だと思いますが、「サラリーマンは社畜」とあおる姿勢は、それが注目を集める上で効果的だから、と分かっていても、去来する虚しさを飲み込むのには時間が掛かります。

 

今さら、ネット上で dis ったり炎上を狙ったりする行為にいちいち反応しても仕方ないのですが、人の生き方を否定してまでお金を稼ぐことにどれほどの意味があるのだろう? といつも不安になってしまいます。

 

サラリーマン経験 40 年の御仁が登場して「サラリーマンはやっぱり社畜だった」と仰るなら説得力もありますが、経験わずか数カ月や1年のインフルエンサーが語る「社畜」なんてものは、「どこの社畜の話だ?」となってしまうわけです。

 

彼/彼女らは、組織の歯車となって汗水たらすことの意義や悲哀会社の一部として利益獲得に貢献できた時の歓喜や快味上司と部下の間に挟まれた時の圧迫感や悲壮感会社の金で大きな事業を仕掛ける時の興奮や不安ネクタイを頭に巻いたまま行き倒れになっている時の虚無感など、まったく理解できないだろう! と語気を強めるつもりはありませんが、今なお日本では、サラリーマンが大多数を占めており、一部のフリーランサーやインフルエンサーなんてのは、過去から現在まで脈々と受け継がれている「サラリーマン文化」としての「日本株式会社」が作り上げた「日本システム」のおこぼれで生きてるようなものです(経験談)。

 

と言いながら、実は、「サラリーマンとして組織(企業・会社)に属する意味ってあるのだろうか?」という疑問が心の中にあることも、自分自身で薄々気付いています。

 

f:id:nezujiro:20180408172241j:plain

 

GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)や GAFA-M(+ Microsoft)と呼ばれる巨大企業が世界を股にかけて覇権争いをしているのと同じように、どの国でも、どの分野でも、どのレベルでも、利潤追求を基本的な目的とする資本主義の社会では「競争して勝つこと」に大きな意味があります。勝たないと利潤を追求できないから、当たり前です。

 

ところが同じ資本主義社会でも、高度成長期の日本のように「作れば売れる」社会と異なり、今は、戦略がないと売れませんし勝てません。そして、人工知能(AI)や自動運転が象徴するように、高度な技術が製品の良し悪しを左右する「テクノロジファースト」の現在における戦略は、優秀な技術者をどのように採用してどのように配置するかと、そのような人材確保も含めた資金の投入方法とが重要な要素となっています。

 

つまり、現在の資本主義社会で(特にテクノロジ分野の)競争に勝てるか否かは、「技術者」と「経営層」の質に集約されつつある、と言えます。極端に言えば、企業・会社という「箱」のコアになるものが「経営層」と「技術者」であり、それ以外の従業員は、「箱」を維持するための骨組みに過ぎない、ということになります(テクノロジ系以外の会社は、「経営層」のみがコアで、それ以外が骨組み、ということになります)。

 

この場合、資本主義社会の「競争」とは、企業・会社同士の競争というよりも、コア人材(経営層+技術者)同士の競争ということになりますので、「箱」そのものには何の意味もなくなります。したがって、その「箱」を支える骨組みも、その「箱」に固執する意味がなくなってしまいます。

 

究極的には、経営者の哲学や思想に賛同できるか否かしか、その「箱」に所属するか否かの判断基準がなくなってしまいます。あとは、給与面の待遇ぐらいでしょうか。

 

こう考えると、我々は「サラリーマンとして組織(企業・会社)に属する意味ってあるのだろうか?」という疑問に絡み取られてしまい、「サラリーマンは社畜」という煽り以上の虚しさに苛まれます。

 

f:id:nezujiro:20180408204331j:plain

 

日本のフリーランサーは、今や労働人口の 20%前後にまで増加しており、米国に至っては、2~3年後には働く人の半分がフリーランサーになる、とも言われています。その傾向は、未来に向かってますます強くなっていくことでしょう。

 

このような事実を鑑みるに、「サラリーマンとして組織(企業・会社)に属する意味」は、「ない」とまで断言はできないものの、「意味を見出すのが難しくなっていく」とは言えそうです。そして、サラリーマンがマイノリティとなったあかつきには、「労働力の外注化」の流れが一気に加速していきそうです。

 

一方で、マイノリティとなったサラリーマンは、組織運営になくてはならない最小限の「選ばれた人材」という位置付けになるのではないでしょうか。

 

この未来に、転職アフィが「サラリーマンは社畜」とあおる光景は、もはや過去のものになっていることでしょう。「社畜」になりたくても簡単にはなれない未来です。

 

 

www.overthesensitivity.com

 

 

 

++ 敏感の彼方に ++